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千葉地方裁判所 昭和32年(ワ)173号 判決 1963年2月25日

判   決

東京都新宿区戸塚町一丁目三五〇番地

原告

渡辺恒太郎

右訴訟代理人弁護士

長瀬秀吉

高橋守雄

野宮利雄

千葉市通町六四番地

被告

株式会社千葉銀行

右代表者代表取締役

大久保太三郎

右訴訟代理人弁護士

日下一郎

右当事者の昭和三二年(ワ)第一七三号損害賠償請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

被告は原告に対し金一七一万五〇〇〇円およびこれに対する昭和三二年七月二〇日から右支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを六分し、その一を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

本判決中原告勝訴の部分に限り、原告において金五〇万円の担保を供するときは、仮りにこれを執行することができる。

事   実(省略)

理由

一被告が銀行法による普通銀行であつて、千葉市に本店を置き、かつ千葉県内および東京都内などの各所に支店を設け、また普通銀行および貯蓄銀行の業務ならびにそれに附随する業務を営んでいるものであることは当事者間に争いがない。

二(証拠―省略)を総合すれば、昭和三一年三月二〇日訴外株式会社土田工務店(代表取締役土田豊治)は訴外株式会社両羽銀行からいわゆる手形貸付の方法で金二〇六万五〇〇〇円を借り受け、原告は土田豊治からの委託と両羽銀行東京支店の要請を容れて同日株式会社土田工務店なるものの右金銭消費貸借債務の保証をなし、株式会社土田工務店代表取締役土田豊治が同日振出した額面金二〇六万五〇〇〇円、支払期日昭和三一年四月二〇日、支払地および振出地いずれも東京都中央区、支払場所株式会社両羽銀行東京支店、受取人株式会社両羽銀行なる約束手形一通に原告も右保証の趣旨で共同振出人として署名、押印したこと、しかるに土田豊治は、昭和三一年四月三日右株式会社土田工務店(当時は、商号を変更して土田工業株式会社と称していた)の代表者として両羽銀行に対し右約束手形金の内入弁済として三五万円の支払をなしたこと、ここにおいて両羽銀行東京支店においては原告の了解を得て右三五万円を仮受金として処理し、同年五月一日右約束手形の共同振出人たる原告から右約束手形金額二〇六万五〇〇〇円の支払を受けた上、同年九月一九日に至り右三五万円を原告に支払つたことを認めることができる。もつとも(証拠―省略)を総合すれば原告は土田豊治が右土田工務店の代表者として弁済した金三五万円をさらに同人に対し同人が他から金融を得るための資金として貸し渡したが、同人より七万円の返済を受けたに過ぎない事実を認めることができるけれども、原告が前段認定のとおり保証の趣旨で約束手形の共同振出人として署名したことに因る損害は、右手形金中から、原告のこれを支払うに先立ち株式会社土田工務店が両羽銀行に弁済した三五万円を差し引いた金一七一万五〇〇〇円に止まるものというべきである。

三  原告は、右損害は訴外土田豊治、秋山芳城および被告銀行佐倉支店長斎藤隆の共同不法行為によつて生じたものと主張するので、以下右共同不法行為の成否につき順次検討することとする。

(一)  まず、両羽銀行が土田工務店に右金員を貸し付け、原告が同銀行の右貸付債権を保証するに至つた経緯について、按ずるに、(証拠―省略)を総合すれば、土田豊治はかねてより土木建築請負業を営んでいたのであるが、金銭に窮したところから株式会社土田工務店(代表取締役土田豊治)なるものが建設省より千葉県印旛沼干拓の地下工事を請け負つていることも、その工事の出来高に応じた工事代金の分払を受けうるものでもないのに、あたかもこれあるもののように装つて他を欺罔して借用名下に金員を騙取しようと企て、秋山芳城なる者と共同して、昭和三一年三月一〇日頃知合の紹介で原告を尋ね、同人に対し「土田工務店は建設省より請け負つて千葉県印旛沼干拓の地下工事を施工しているものであるが、その工事の出来高第八回分の分払金二八七万三〇〇五円が近く昭和三一年四月二〇日被告銀行佐倉支店を通じて支払われることになつている。」と虚偽の事実を告げた上、右分払金支払の関係書類と称して、原告主張のとおりの(イ)、(ロ)、(ハ)の書面(甲第一ないし第三号証)など偽造書類をあたかも真正のもののように装つて呈示し「被告銀行佐倉支店で調査してもらえばよく判ることであるが、四月二〇日には右分払金を受領の上必ず返済するからそれを見返りとして二〇〇万円位を原告自身で融通してくれるか、あるいは他からの融資の斡旋をしてもらいたい。」と懇請したことから、原告は土田の言を信じその請いに応じて自己の取引銀行である両羽銀行東京支店が土田のいわゆる工事代金の分払金を見返りとして融資をしてくれるかどうか同支店の意向を確めてみることとし、同支店に土田の右申出を取り次いだ結果、同年三月中旬頃東京都中央区京橋三丁目二番地片倉ビル内両羽銀行東京支店へ原告が土田および秋山芳城を同伴して、同所で同支店長寒河江英一、同支店次長山崎勝三郎と原告を交えて再々面談の運びとなつたのであるが、土田らは右寒河江および山崎両名に対しても、さきに原告に対してなしたと同様に「土田工務店は建設省より千葉県印旛沼干拓の地下工事を請け負い施工中のものであつて、その工事の出来高第八回分の分払金が昭和三一年四月二〇日被告銀行佐倉支店を通じて支払われることになつている」などと申し欺き、かつ前記(イ)、(ロ)、(ハ)の偽造書類などを呈示した上、「被告銀行佐倉支店で調査してもらえばよく判ることであるが、四月二〇日に右工事代金の分払金支払を受けるまで、右(イ)、(ロ)、(ハ)の支払関係書類を担保に差入れるからそれを見返りとして二〇〇万円位のつなぎ融資をしてもらいたい。」との申入れをしたので、原告は両羽銀行東京支店に対し、被告銀行につき調査することを依頼した。そこで両羽銀行東京支店では原告の依頼により土田工務店の銀行取引実績や印旛沼の請負工事関係事実などを調査するため、同月一七、八日頃土田豊治運転の自動車に秋山芳城および山崎同支店次長が乗車して被告銀行佐倉支店に赴いたのであるが、途中、土田の案内で被告銀行小岩支店に立寄つたり、自動車が故障しその修理に手間取つた(もつとも、これは土田豊治が山崎支店長をして時間的余裕を失わせ当日の調査を不能にさせるための策謀に基づくものである。)りしたため、閉店時刻までに被告銀行の佐倉支店はもとより本店にも到着できず、結局同日の調査は不能に終つたところ、土田豊治から両羽銀行において調査を必要とする事項については、土田が日本銀行佐倉代理店たる被告銀行佐倉支店より書面で証明を受けて提出するから証明を必要とする事項を指示せられたいと申し出た。よつて、山崎支店次長もこれを諒承の上、被告銀行佐倉支店に赴き直接調査することに代えて、土田に事項を指示して同店の書面による証明を要求したところ、土田豊治は同月一九日頃両羽銀行東京支店へいずれも被告銀行佐倉支店長斎藤隆が作成した「証明書」と題し「昭和参拾年九月参拾日建設省と株式会社土田工務店代表取締役土田豊治とが工事請負契約工番河第五〇八号による建設佐倉工事事務所所属契約金五千八百六拾万円也の出来高調書により分払金は国庫金資金送付書及び国庫金送金依頼書により日本銀行佐倉代理店に於て支払致します右証明します」と記された日本銀行佐倉代理店被告銀行佐倉支店支店長斎藤隆名義の昭和三一年三月一九日付の原告主張の(ニ)の書面(甲第四号証の一。なお右書面の内容が虚偽であることは当事者間に争いがない。)、表面(甲第四号証の二)に「株式会社土田工務店之印」なる角印および「代表取締役印」なる丸印の各印影一箇宛が顕出せられ、裏面(甲第四号証の三)に「本印鑑により工番河第五〇八号契約による工事金請求並に受領に使用する事を承認する」と記された被告銀行佐倉支店長斎藤隆名義の原告主張の(ホ)の書面、「借入者土田豊治、借入金額二百四十万円也、右借入金は土田豊治個人として千葉銀行より借入したる金額で、株式会社土田工務店代表取締役土田豊治受取の工事代金国庫送金所属に対する代金よりは千葉銀行に於いて株式会社土田工務店の承認なき場合は差引出来ない事を証明する、」旨の記載がある被告銀行名義の昭和三一年三月一〇日付の原告主張の(ヘ)の書面(甲第五号証。なお、以上(ニ)、(ホ)、(ヘ)の各書面が当時の被告銀行佐倉支店長斎藤隆により作成されたことは当事者間に争いがない。)を持参し前記(イ)、(ロ)、(ハ)の書面と一括して山崎支店次長に差出したので、同支店においては被告銀行東京支店で右(ニ)、(ヘ)の書面の支店長名下に押捺せられている「佐倉支店長印」なる印影を照合したところ該印影は被告銀行佐倉支店長使用の印章による真正のものなることを確認し得た上、右(ニ)、(ホ)、(ヘ)の書面の記載内容はすべて山崎支店次長がさきに土田に対し要求したところに適合するものであつたこと、および原告もまたその頃山崎支店次長の手を経て右(ニ)、(ホ)、(ヘ)の書面の呈示を受けるとともに這般の事情を告げられたことの結果、山崎支店次長および原告はともに土田豊治のこれまでの申し分がすべて真実と信じ込み、両羽銀行が前記(イ)、(ロ)、(ハ)など工事出来高分払金の支払関係書類を預かり右分払金を引当にすれば、土田工務店にその申出のとおり二〇〇万円位の貸出を行つても同店としては両羽銀行に対し確実に貸付金の返済をなし得るものと誤信し、ただ土田工務店なるものは何分にも両羽銀行とは従前取引関係が全くなく、かような者に新規に融資を行おうとする場合の同銀行の取扱としては、前記の如き引当物件があつても、なお貸出に当つて適当な保証を徴することを通例としたことから、両羽銀行は土田工務店に対する貸付債権につき原告に保証することを求め、土田豊治もまた原告にこれを懇請したところから、原告は前記のような誤信に基づき、翌二〇日頃両羽銀行が土田工務店に対し融資した金二〇六万五〇〇〇円の貸付債権の保証をなしたものであることが認められ、以上の認定を妨げる証拠はない。

右認定事実に徴せば、両羽銀行が土田工務店に金二〇六万五〇〇〇円を貸付け、原告が同銀行の右貸付債権の保証をなしたのは、両羽銀行はもとより原告においても土田豊治の言を信用し、同銀行が前記(イ)、(ロ)、(ハ)など工事出来高分払金の支払関係書類を預かり右分払金を引当にすることによつて、土田工務店に対して融資しても貸付債権の回収を確保することができると誤信したことに基づくものであり、かつ右の誤信は土田豊治および秋山芳城が共同してなした前記欺罔行為に起因することが明白であるのみならず、右認定のような一連の欺罔行為の過程のうちでも、土田が被告銀行佐倉支店長斎藤隆作成にかかり、しかもその記載の内容が虚偽の前記(ニ)の証明書を(ホ)、(ヘ)の書面とともに呈示したことが、両羽銀行および原告をしてそれぞれその誤信を愈々深めさせ、これにより両羽銀行をして土田工務店に対する貸付を行わせ、原告をして同銀行の右貸付債権を保証することの意思決定をするについて最終、かつ決定的な原因をなしたことが明らかである。

(二)  原告は、斎藤隆は当時前記(イ)、(ロ)、(ハ)の書面が偽造のものであり、かつその内容が虚偽であることを知り、また前記(ニ)、(ホ)、(ヘ)の書面の内容が同じく虚偽なることを知つてこれを作成したものであると主張し、(省略)に右主張に副うような部分があるけれども、右記載および供述部分は措信せず、この点に関する前示(省略)の証言のみをもつては到底右主張事実を認めるに足りず、その他にこれを認むべき証拠はない。

(三)  原告は、斎藤隆は前記(イ)ないし(ヘ)の書面、就中(ニ)、(ホ)、(ヘ)の書面は自ら作成しながらそれらの内容がいずれも虚偽であることを知らず、したがつて右書面によりその内容を真実と信じた原告などが不測の損害をこうむることあるべきを知らなかつたことにつき過失があると主張するので、次に斎藤隆の過失の有無について考えてみるに、

(1)  (証拠―省略)を総合すれば、斎藤隆は大正一三年四月被告銀行の前身たる九十八銀行に入社以来終始同銀行に勤務し、昭和二八年六月鴨川支店長、同三〇年五月佐倉支店長(同三二年四月まで)などの地位を歴任し同銀行員として多年の知識、経験を有するものであるところ、右鴨川支店長であつた当時、土田豊治が被告銀行小岩支店から工費の融資を受けるなどして、千葉県安房郡鴨川町に鈴木八五郎注文にかかる総工費数百万円の旅館を建築したが、鈴木からその工事代金の支払を殆ど受け得なかつたのに、斎藤隆が関与して右建物につきその工費と関係のない鈴木およびその内妻横山ちよの被告銀行に対する旧債一三〇万円のため順位第一番の抵当権を、土田豊治が右工費などとして被告銀行小岩支店から受けた融資二四〇万円につき順位第二番の抵当権が各設定されるなどしたため、被告銀行に優先して右建物を鈴木に対する自己の工事代金債権の担保に取得しさらに該建物を自己の営業の資金繰りのための融資の担保に利用するつもりでいた土田豊治の意向は全く無視され、土田は右請負工事により結局何ら得るところがなかつたばかりでなく、右工事関係人らに対する諸支払に追われる結果を招き、これが原因で斎藤隆は土田の不満を買うなどのことから両名熟知の間柄にあつたことおよび土田はその後も被告銀行小岩支店から受けた前記融資二四〇万円の元利金の支払をしなかつたので、被告銀行では不良債権として整理のためこれを右小岩支店から同銀行本店管理部へ移管したことが認められ、

(2)  次に、斎藤隆が前記(ニ)などの書面を作成するに至つた経緯について検討するに、右(1)の認定事実に(証拠―省略)を総合すれば、斎藤隆は、昭和三一年三月中旬頃前記(1)で認定したような事情から熟知の関係にあつた土田豊治の訪問を受け、同人から「自分がいま建設省から請負つて施工中の利根川下流の工事が段々進捗して近々佐倉方面に接近してくるので、その工事代金の受領その他取引も佐倉が中心となるから貴店と当座取引の口座開設をしておきたい。被告銀行小岩支店から受けた融資について同銀行が採つた処置には不服で、かねて本店に対し種々異議を申し立ててきたけれども、自分は今後とも事業を続けて行くことではあるし、そのため銀行からの援助も受けねばならないから、今までのことは捨てて右融資の返済をすることとし、本店と話合の上このような書面をもらつてきた」などと告げられるとともに「小岩支店貸出先土田豊治民(個人取引)が貴店と当座取引を致度由。就ては別紙依頼書の通り本月工事取下金がある見込にて、右取下金中より小岩分利息差引の依頼がありましたので、御差引の上は同支店へ御送金方よろしく御願申上ます」などと記された被告銀行名義の同銀行佐倉支店宛昭和三一年三月一二日付書面(乙第一三号証)の提出を受けた上、右請負工事代金の支払関係書類と称して土田から前記(イ)、(ロ)、(ハ)などの書面を示された。しかし斎藤は、佐倉市には農林省関係の印旛沼、手賀沼干拓工事事務所はあるが、土田から聞かせられ、また右、(イ)、(ハ)などの書面にも記されているような「建設省」関係の「佐倉事工事事務所」なるものが、当時はもとより過去にも、佐倉市に存在しないことを知つていたことから不審を抱いて土田にその点を確めたところ、同人は「建設省の佐倉工事事務所は、工事の進捗程度上、まだ規模が小さいので現在は同省の本庁舎内に置かれている。そして工事は、今後進捗するにしたがい佐倉で建設省から農林省の管轄にかわることになつている」と弁解したに過ぎなかつた。しかして、斎藤は、同日土田の当座取引口座開設の依頼に諒解を与えておいたところ、同月一九日土田は再び被告銀行佐倉支店を訪れ、当座預金として一〇万円を入金した上、斎藤に対し自分が建設省から請け負つている工事の分払金の支払を日本銀行佐倉代理店たる被告銀行佐倉支店でなすべき旨の証明書および印鑑証明書を自己において入用とするからとて、あらかじめ用意した「昭和参拾年九月参拾日建設省と株式会社土田工務店代表取締役土田豊治とが工事請負契約工番河第五〇八号による建設佐倉工事々務所所属契約金五千八百六十万円也の出来高調書により分払金は国庫金資金送付書及国庫金送金依頼書により当行日本銀行佐倉代理店に於て支払をします」と記された「証明書」と題する書面(乙第二号証の一)を案文として示し、これと同様の日本銀行佐倉代理店名義の支払証明書の作成、交付方を願い出たことから、斎藤は、右書面に記されているような建設省佐倉工事事務所なるものが佐倉市に当時はもとより過去にも存在しないことを知りながら、土田が弁解した右事務所が建設省本庁舎内に置かれているとの事実はもちろん、株式会社土田工務店なるものが建設省から契約高五八六〇万円の工事(契約番号工番河第五〇八号)を請負い現に施工中であつて、その工事代金が分払の方法で支払われるとの事実を確かな筋で何ら確めることなく(もつとも、前示乙第一一号証の二によれば、斎藤は、当時佐原市所在の建設省の工事事務所へ電話をかけ照会したが、同事務所からは十分な回答を得られなかつたことが窺われる。)、また当時建設省や同省佐倉工事事務所なるものから自己が店長である日本銀行佐倉代理店あてに株式会社土田工務店に対する右工事代金の分払金支払のための資金の交付やその送金の依頼を受けていないことを知り、および近き将来確実に右資金の交付やその送金の依頼を受ける見込の有無を確かめることもなく、土田から請負工事代金の支払関係書類と称して示された前記(イ)、(ロ)、(ハ)などの書面を仔細に吟味することなくいずれもこれを真正のものと速断し、かつ土田の前記のような申し分や弁解を盲信し、顧客たる土田の事業を支援する趣旨で同人が案文として示した前記書面に基づきこれと略々同一の文言を記載した前記(ニ)の証明書(甲第四号証の一)を作成し、なお土田があらかじめ用意した表面に「株式会社土田工務店之印」なる角印および「代表取締役印」なる丸印の各印影一個宛が顕出せられた書面(甲第四号証の二)の裏面に「本印鑑により工番河第五〇八号契約による工事金請求並に受領に使用する事を承認する」と記載して前記の証明書(甲第四号証の三)を作成し、これら(ニ)、(ホ)の証明書を土田に交付したものであることおよび土田の右弁解事実は同人の作りごとであつて真実としてそのようなことは全く存在しなかつたことが認められ、右認定に反する土田および斎藤各証人の証言はいずれも措信せず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(3) 思うに、日本銀行代理店たる金融機関が発行する前段認定の証明書(甲第四号証の一、三、同第五号証)が、これが交付を受けた者により他より金融を得る手段に用いられるであろうことは、右証明書の文言に徴し明らかなところであるというべきである。それ故これらの証明書を発行する者は、これが記載事実が真実であることを確認した上、これを発行すべきことが取引上当然の注意義務であるというべきである。しかるに、日本銀行佐倉代理店たる被告銀行佐倉支店長斎藤隆は、建設省佐倉工事事務所の存在も確認せず、同省などから自己が支店長である日本銀行佐倉代理店あてに土田工務店に対する工事代金の分払金支払のための資金の交付やその送金の依頼を現に受けていた訳でもなく、かつ斎藤自身建設省関係の佐倉工事事務所なるものが、当時はもとより過去にも佐倉市に存在しないことを知りながら、あたかも「株式会社土田工務店(代表取締役土田豊治)が昭和三〇年九月三〇日建設省から同省佐倉工事事務所所管の契約高五八六〇万円なる工事を請け負い(その契約番号は工番河第五〇八号)、右工事の出来高に応じた分払金は国庫金資金送付書および国庫金送金依頼書により自店で支払うべき」旨の事実を証明する文言を記した日本銀行佐倉代理店長名義の前記(ニ)の書面(甲第四号証の一)およびこれに附属し、土田工務店が右工事代金の請求ならびに受領をなすにあたつては、表面(甲第四号証の二)に顕出された「印鑑を使用することを承認する」旨が裏面に記され、前者にいわゆる分払金の支払を当然の前提とするような被告銀行佐倉支店長名義の前記(ホ)の書面(甲第四号証の三)を各作成、交付したものであるから、斎藤隆がかような書面を発したこと自体に過失があるものというべきである。

(4) そうすると、斎藤隆の右のような過失により発せられた前記(ニ)、(ホ)などの書面が、土田豊治および秋山芳城の故意による一連の詐欺行為の一環として、同人らにより両羽銀行を介して原告に呈示された結果、その記載内容を真実と信じた原告をして愈々その誤信を深めさせ、それが両羽銀行の土田工務店に対する前記貸付債権の保証をしようとする原告の意思決定の重要な原因となつたものであることは、すでに前記三の(一)で認定したとおりであるから、斎藤の右過失行為は土田らの故意行為と相俟ち、両者は客観的に関連共同の関係にあることが明らかであり、土田工務店が両羽銀行に対し返済期限に右貸付債権の弁済をしなかつたことから原告が両羽銀行に対し右貸付債権の保証人として出捐を余儀なくされたことは前記二で認定したとおりであるから、原告の右出捐が土田、秋山および斎藤ら三名の右共同不法行為に基づくものであることもまた明らかである(斎藤隆が前記(ニ)ないし(ヘ)の書面を作成したことと原告の右出捐による損害との間に因果関係がないとする被告の主張はあたらない。)。そして、斎藤隆がなした前記(ニ)、(ホ)などの書面の発行行為は被告銀行が日本銀行代理店として取り扱つている国庫金支払の業務につきなされたものであるから、それが被告銀行の前記一の事業の執行につきなされたものであることは多言を要しない。したがつて被告銀行は、斎藤の使用者として、原告がこうむつた前記認定の損害を賠償すべき責任があるものといわなければならない。

四  被告は、両羽銀行は土田工務店に前記貸付を行うにあたつて、被告銀行佐倉支店に直接照会すべきであつたのに、これをしなかつた両羽銀行に過失があり、かような同銀行の不注意な調査の結果をその儘受け容れた原告にも同銀行と同様の過失があると主張するが、銀行支店長などの地位にある者の発する事実証明文書は、社会通念上、極めて高度の信用力を具えているものというべきであるから両羽銀行が貸付のための引当物件の調査の方法として被告主張のような方法によらなかつたことを同銀行の不注意として非難する程の理由となることはなく、すでに前記三の(一)で認定したような経緯のもとに、両羽銀行が被告銀行佐倉支店長たる斎藤隆が日本銀行佐倉代理店長名義で作成した前記(ニ)、(ホ)などの書面を入手し、印鑑照合の方法でそれが真正な文書であることを確認した以上は、そのうえ重ねて右書面によつて証明せられている事実につき被告銀行佐倉支店に直接照会する注意義務があるとは考えられないから、これをしなかつたからとて両羽銀行に過失があるとはいえない。したがつて、かような点につき両羽銀行に過失があることをそれぞれ前提とする被告の右主張、および原告としては両羽銀行に対し右過失を主張して同銀行に対する保証責任を免れうべきものであるのにこれをしなかつた原告にも損害の発生につき過失がある、とする主張はいずれも失当というべきである。

また、被告は、原告は土田工務店の前記消費貸借債務を保証するにあたつて、土田豊治が持参した書類を仔細に検討すべきであつたにもかかわらず、これをしなかつたものであるから、損害の発生につき原告にも過失があると主張し、(証拠―省略)によれば、土田豊治が前記(イ)、(ロ)の偽造書類の作成のため使用した用紙自体は、日本銀行代理店と同店から国庫金送金の依頼を受けた銀行との間で右国庫金のための資金の授受が行われる際、これら両銀行の内部で使用せられるもので、これら本来の右用途に使用して作成せられた書面は右両銀行の外部へ持ち出さるべき筋合のものでないことが認められるけれども、(証拠―省略)によれば、土田は右のような用紙を使用したとはいえ、これによつて作成せられた前記(イ)、(ロ)などの偽造書類は、一般人をして優に真正なものと信用せしめるに足るものであることが認められ、右認定事実に前記三の(一)で認定したように原告をして土田工務店の前記消費貸借債務の保証の意思決定をなすに至らしめた最終、かつ決定的な原因が斎藤隆作成にかかる前記(ニ)、(ホ)などの書面の呈示を受けたことにある事実などを考え合せるときは、原告に被告主張のような過失があるとすることは相当でなく、さらに被告は、原告は被告銀行佐倉支店に照会することにより土田豊治の身許を十分調査すれば、同人の詐欺漢たることを看破しえたのに、これをなさなかつた原告に前同様の過失があると主張するが、すでに認定したように被告銀行佐倉支店長たる斎藤隆自身さえ、当時土田の身許や人物に介意することなく顧客たる同人の事業を援助する趣旨で前記(ニ)、(ホ)などの書面を発したものであるから、右事情から考えれば、たとえ被告主張のような照会がなされたとしても、原告に対し如何様な回答がなされたであろうか、甚だ疑問であつて、被告の右主張は、採用の限りではない。

五  そうだとすると、原告が斎藤隆の過失行為の関連する本件共同不法行為によりこうむつた損害額は、原告の出捐額のうち前記一七一万五〇〇〇円の限度において認める外ないから、被告銀行は斎藤隆の使用者として原告に対し右損害金一七一万五〇〇〇円およびこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和三二年七月二〇日から右支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よつて、原告の本訴請求は右の限度においてのみ正当としてこれを認容することとし、その余は理由がないから失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

千葉地方裁判所民事部

裁判長裁判官 猪 俣 幸 一

裁判官 岡 村 利 男

裁判官 辻   忠 雄

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